参照:日本テレビHP
鉄腕ダッシュのメイン企画の一つとなっているDASH島。
2012年からある無人島をDASH(ダッシュ)島と名付け、TOKIOのメンバーたちが徐々に開拓していく様子が人気の企画ですよね。
ここでは、DASH島の場所や歴史、電波少年でも使用された過去や島の所有者は誰なのかについてお伝えします。
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鉄腕ダッシュのDASH島の場所はどこ?地図にも載っている!
もともとは福島県浪江町にあったDASH村で日本地図に名前を載せるために村を作るという企画からスタート。
2011年の東日本大震災によって立ち入り制限が行われたため、企画は残念ながら終了してしまいました。
そこでTOKIOが次に開拓を始めたのがDASH(ダッシュ)島となったわけですが、愛媛県松山市に属する由利島(ゆりじま)だと判明しています。
松山市から15kmほどの沖合に位置し、大由利島と小由利島の2つの島が繋がっている形をしていて、最高標高は194メートル。
そしてGoogle Mapで由利島を確認するとなんとダッシュ島とも登録されていることが確認できます。
TOKIOのメンバーも誰も覚えていないかもしれませんが、村から島に形を変えてようやく地図に載るという念願が叶ったんですよね。
ダッシュ島開拓の中心は、大工などの建設担当だった山口達也さんだったこともあり、脱退後の開拓スピードは落ち着いてしまっている印象。
↑この橋はみんなで作りましたが、半円状の型を作ったのが山口さん。
何をやってくれてるんだ、と誰もが思ったと思いますが大きな戦力ダウンになったことは間違いありませんよね。
神社に関してはこちらでどうぞ↓
鉄腕ダッシュのDASH島は歴史ある島で電波少年でも使用!
DASH島(由利島)の面積は東京ドーム10個分ほどで、かつては住民がいたこともありましたが昭和40年代に無人島化し手つかず状態に。
由利島には弥生時代から人が住んでいたようで、弥生式土器が発見されています。
また、戦時中は軍事施設となり、日本海軍により大由利島に監視台が設置されました。
不漁を理由に人口が減っていき1960年には人口6人に、そしてついに1965年には6人が由利島を離れ無人島に。
それから月日が流れDASH(ダッシュ)島となっているわけですが、実は同じ日本テレビで放送されていた電波少年でも使用された過去があったんです。
「進め!電波少年」の後身番組だった1998年スタ-トの「進ぬ!電波少年」においてR(ロッコツ)マニアというお笑いコンビが無人島脱出という企画でサバイバルを経験。
リアルタイムで見ていた方は無人島の舞台がDASH島と一緒だったことに驚きですが、その前にRマニアとか懐かしすぎ!
鉄腕ダッシュのDASH島の所有者は誰?
無人島となっているDASH島(由利島)ですが、島の所在が判明したら観光に行ってみたいと思うところですよね。
しかし、無人島とはいえ所有者がいますので勝手に上陸することは法律に触れてしまうので止めておきましょう。
ちなみに個人所有者のため、個人名は控えさせていただきますが、こちらのPDFに書かれている論文の中に記載されています→詳細はこちら
一部ではTOKIOやテレビ局が買ったのでは?と思われていますが、億単位にもなりかねないのでさすがに借りているのでしょう。
番組関係者は一番近い松山空港まで飛行機で移動して、船はチャーターして上陸しているようです。
もちろん上陸許可を得ているために可能なのであって、関係のない方は上陸できません。
ちなみになぜ由利島がDASH島に選ばれたのかというと、愛媛が自然災害に強いという理由のようです。
DASH(ダッシュ)村の時のことを教訓に、できるだけ地震や台風からの被害を最小限にしたかったのでしょう。
とはいえ2018年の大型台風では、トロッコの線路が壊れる被害がありましたし、日本どこでも自然災害は起こりうるので難しい問題ですよね。
まとめ
鉄腕ダッシュの人気コーナー・DASH(ダッシュ)島も山口達也さん脱退後、大きな進展がないようにも思えますが、どんな流れになっていくのか気になります。
DASH村の時は何年もかけて築き上げてきたものが一瞬にして失われてしまったので、DASH島では最後の着地点までたどり着いて終了してほしいものですね。